認知症の最新医療

認知症の最新医療

<特集>受診できない―受診困難という問題

Vol.2,No.3 通巻6号(2012年7月)

発売:2012年7月25日

価格:800円+税



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特集
Vol.2,No.3 通巻6号(2012年7月)

受診できない―受診困難という問題

特集にあたって
井藤 佳恵

 精神医療には、受診困難という問題がいつもつきまとう。
 おかしいと思っているのに受診が遅れて、その間に疾患が進行してしまうということは珍しくはないだろうし、「受診が遅れる」という問題は、おそらくはどこの科にもあるだろう。
 しかし、「おかしい」と気づいてから最初に医療機関を受診するまでの期間(Duration of Untreated Illness: DUI、Duration of Untreated Psychosis: DUP)そのものが、ひとつの研究対象になっている科がそれほど多くあるとは思わない。精神疾患を抱えたこと、そして精神医療の必要性を本人と家族が受け入れることの困難さをここに思う。
 精神疾患、精神疾患を抱える人たち、精神科および精神医療に対する偏見は、科学の時代といわれた20世紀を過ぎても、なお根強い。総合病院勤務の精神科医であったときに、「精神科医が来るとは伝えていないので、精神科とは名乗らずに診察してください」と、「申し訳ありませんが」の一言の枕詞もなく書かれた紹介状を受け取った。精神科に対する医療関係者の偏見は強く、主治医は患者に精神科受診の必要性を告げることを避けたのだろう。適切な医療を受けさせることを、こうも後ろめたく思わなければならない科が他にもあるだろうか。  「精神科医が来る旨、患者には伝えてあります」という紹介状を手に往診しても、「なんで精神科医なんかが来たんだ!」と涙混じりの怒声で始まる出会いがある。そのような出会いで始まる治療関係は、概して、その後きわめて良好に構築されていくことを思うと、周囲だけでなく本人も、精神医療が必要だと感じながら、精神科の敷居をまたぐことができずに苦しい時間を過ごしたのだろうと想像される。
 ところで、受診困難事例と称される人々は、それ以前の段階にあって、病院まで辿り着いていない。地域社会の中で無視できない「問題」とされるに至ってやっと、「ケース」となる。すでにかかわっている人たちは、家族であっても、専門職であっても、とにかく受診につなげようとする。何人も、必要な医療を受ける権利があり、その権利は奪われてはならない。しかし認知症に限ったことではないが、病院に連れて来ることがゴールではない。
 精神科に行くとは知らされずに連れて来られたために、待合室で押し問答になっている家族がいる。「かわいそうで連れていけない」と躊躇する家族に代わって、あるいは無理やり受診させる労をとる家族がいないので、顔なじみの地域保健専門職員が精神科に連れて来る。以降、一切のかかわりを拒否され、その後の介入がより困難になるケースがある。「だまして連れてきた」という多少の良心の呵責に苛まれながらやっとこぎつけた医療が、多くを解決してくれるわけではない。  ひとつには、その後の医療をどう継続させるのかという課題がある。地域社会での生活がうまくいかないこと、周囲の人々が困っているということと、精神保健福祉法下の入院とは同義ではない。周囲は確かに困っているが、医療保護入院の適応ではない。そういう事例がいくらでもある。
 「社会的な事情により」いったんは入院がやむを得ないと感じることがある。しかし精神医療が収容医療だった時代は、倫理的にも国の施策としても過去のものとなりつつあり、決して逆行してはならないと、強く思う。その根本にあるものが、「困った人は地域社会にいてはならない」という排除の思想だからである。
 ところが現実には、受診困難であった方が外来治療の適応だったとして、継続的に外来通院をすること、継続的に服薬することは、やはり難しい。「病院に何とか連れて行って診断は受けましたけど、その後の通院はしていません」というケースはたくさんある。
 現職に就き、病院で臨床に従事していた時とはまた違った方たちと一緒に仕事をする機会に恵まれた。そのなかで、さまざまな場所で、さまざまな立場の方たちが、専門領域を超えて、受診困難事例と称される認知症高齢者を支えていることを教えられた。複雑に絡み合う困難を抱え、その複雑さのためにかえって種々のシステムの網目からこぼれ落ちるこれらの人たちに何ができるのか、何をするべきなのか。
 病院の外にある現実、病院に辿り着かない受診困難事例とされる方たちについて、まずは知ることから始めたいと考え、第6号の特集を組ませていただいた。無理なお願いにこたえて寄稿いただいた先生方に心より感謝申し上げたい。
そして本特集がこの雑誌を手に取ってくださる読者にとって、なにか意味あるものになることを願う。

1.独居認知症高齢者-本人の受診拒否
須田 潔子

認知症の高齢者が受診困難に陥るパターンには、独居であるか家族同居であるか、また男性であるか女性であるかによってそれぞれに特徴があり、それらの状況に応じた支援が必要である。独居で認知症の高齢者自身による受診拒否は、最終的に在宅生活の破綻に至るまで介入が困難であることも多く、法的・倫理的に慎重な検討が求められる問題でもある。

2.家族がいる認知症高齢者-精神科受診に対する家族の躊躇
中村 洋子

在宅の現場では多くの高齢者が複数の疾患を持ち、家族の介護を受けながら生活している。身体ばかりでなく認知症等の精神を患う人も多い。認知症と診断され治療を受けている人もいるが、諸事情で受診できず診断・治療を受けていない人も多い。その諸事情の一つに家族の想いがある。家族を想う気持ちが反対に通院・治療への妨げになることもある。

3.背景に虐待がある受診困難
大野 篤志  深津 亮

家庭内という密室で、養護者から虐待を受け、受診困難の状況下にある認知症の人の実態を正確に把握することはできないが、まれではないと思われる。早期発見、早期介入するためには、「高齢者虐待防止法第16条」に基づいて、地域の実情に応じた「高齢者虐待防止ネットワーク」を構築して行く必要がある。医療機関は、ネットワークを構築する一員として関係諸機関と連携して行くことを、社会から求められている

4.ホームレス状態になった認知症高齢者-経済的理由による受診困難の実態と課題
森川 すいめい

近年、生活保護受給者が急増している。その生活保護の受給者の約半数が高齢者である。わが国の高齢者福祉や医療制度の多くは、依然として、『支える家族がいる』ことが暗黙の前提のまま運用されている。いま、生活保護のケースワーカーたちは、老朽化した制度と現実のギャップに苦しみながら、日々の活動に忙殺されている。ここでは、 NPO法人TENOHASIがホームレス者支援活動をする中で出会った人たちのケースから、認知症高齢者を取り巻く実態について考えたい。

5.医療機関側の問題-身体疾患の治療が必要な認知症患者はどこに入院すればよいのか
三浦 伸義

認知症患者が身体疾患を併発した時、疾患名または精神症状を理由に、一般病院への入院を拒まれることはまれではない。入院中の患者であっても、興奮、徘徊などを理由に、なかば強制退院させられることもある。高齢になればなるほど、認知症の発症も、身体疾患の発症も高率となる。救急搬送される認知症高齢者も年々増えている。では、彼(女)らの入院治療の担い手は誰(何処)なのか。現実に起きている問題を改めて提起する。

情報発信

◆老年医学のトピックス
認知症患者に使う薬剤と転倒・骨折
秋下 雅弘

◆目で見る神経病理6
ピック球
藤城弘樹

◆病名に名を残した医学者8
ハンス・ゲルハルト・クロイツフェルト
新井平伊

◆認知症に関連する用語6
アパシー(apathy):無気力症候群 / アミロイドβ分解酵素
柴田展人

◆臨床に役立つ連絡先6
成年後見制度 part 4
井藤佳恵

◆認知症の人の思い,家族の思い2
受診に至るまでの家族の思い-前編
認知症の人と家族の会 東京都支部


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